さまざまなイベント企画を行っている鎌倉市倫理法人会

モーニングセミナーをはじめ、おもしろ企画をどんどん行っています。いろんな経験をしたいなら鎌倉市倫理法人会へ!

2014年2月28日金曜日

世界が憧れる日本人の美徳



2月最終日、石川真理子幹事が朝霞倫理法人会で講話をしました。

※石川真理子幹事のプロフィールは割愛いたします。


【石川真理子幹事の講話】

東日本大震災が起き、昨年は富士山が世界遺産に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、さらには東京オリンピックの招致が決定。「日本」が世界中から注目されています。
特に、日本人自身が「日本とはなにか」「日本人とはなにか」ということを強く意識してきています。戦後から60年あまりになりますが、このようなことは初めてではないでしょうか。
また、世界中で、ビジネスに、家庭に、学校に、日本的なことが取り入られています。
「人間力」という言葉がありますが、これからは「日本人力」です。
「日本人力」とは何かというと、我が国で脈々と受け継がれていた、武士道を基とする美徳です。これがまさに倫理とまっすぐに通じるものです。
この日本人の美徳は、幕末明治に来日した外国人達を驚かせ、心酔させました。

石川氏はこのように語り、何人かの外国人の手記から「日本では最下層にいたるまで教育が行き渡り、識字率が世界トップであったこと」「同じく最下層まで素晴らしい礼儀と節義が浸透していること」「若者が役人などにのびのびと自分の意見を述べていること」「女性が大事にされていること」などを紹介しました。いずれも一般的な歴史認識とは異なることで、これほどまでに日本人は評価されていたのかと驚かされます。

そして、このように世界が憧れを抱く理由に、武士道があったことを述べました。
武士道の倫理道徳は寺子屋や書物を通じて一般にも浸透し、明治になってからは教育勅語として受け継がれました。
教育勅語は世界各国に翻訳されてベストセラーになっており、一番読まれていないのは日本だということです。
さらに、石川氏はこうした日本の美徳を仕事にどのように生かしたかをお話ししました。
倫理は実践が伴わなければ意味がありませんが、道徳も学ぶだけでなく行ってこそのものです。

世界から注目され、日本人も気づきはじめた誇り高い日本の精神。
これを心ある者が取り戻し、実践し、次世代に受け継いでいくことが大切であるということを実感しました。



2014年2月25日火曜日

白いカラスと隣の女房

 本日の講師は、(一社)倫理研究所 法人スーパーバイザーの藤本 定明 氏です。

【藤本 定明 氏のプロフィール】
(一社)倫理研究所 法人局スーパーバイザー
(株)ゲンキの平和堂 取締役 BOSS
昭和44年 秋葉原にて家電業を創業
平成16年 総合リサイクル事業へ業種転換
昭和61年に倫理と出会い、滝口 長太郎 氏と出会う
平成14年以降、千葉県倫理法人会の役員、倫理研究所法人局スーパーバイザーとしてご活躍中

寒さも峠を越え、日の出も早くなり、やっと春めいてきました。道路わきの残雪も僅かで、由比ヶ浜公会堂への道も軽やかです。6時から役員朝礼が集まり、元気の良い声が響き渡ります。

MS開始は6時半です。今日の栞の箇所は第八条「明朗愛和」です。
以下は石渡会長のスピーチです。
「倫理は思いやりを大切にします。遠いところから来てくださるお客様には、笑顔で大きな声でご挨拶しましょう。入口部分でお客様にお尻を向けるようなことではいけません。そのような当たり前のことに気を使って、お客様をおもてなししたいと思います。」



次に、田谷 智広 専任幹事の3分間スピーチです。
「私の子どもは生後4ヶ月、赤ちゃんの笑顔はとても愛らしく、微笑ましいですね。天真爛漫な笑顔を見ていると、皆が嬉しくなります。この天真爛漫な笑顔がそのまま続いて欲しいと願うのですが、それには、親が頑張らねばとつくづく思います。」




【藤本 定明 氏の講話】
藤本 氏は、昭和44年に、秋葉原で家電業を創業され、その後千葉県柏市で平和堂という家電量販店を経営されましたが、平成16年 総合リサイクル事業へ業種転換することになりました。家電量販店の販売競争は激しく、事業が行き詰まり、業種転換する羽目になったときが最も大変で、そのときの状況を振り返り、以下のようなお話をされました。



「総合リサイクル事業へ業種転換することになったとき、故滝口長太郎 氏(現在の倫理法人会の産みの親)の教えに従って、倫理指導を受けました。『お金は入れば出すという考え方ではなく、出れば入ってくるという大自然の法則にのっとって、お金の支払いは喜んでするものだ』という指導を受けました。半信半疑の面もありましたが、受けた指導を素直に実行することを決意した結果、私を信用してくれる人が現れ、現在のリサイクル専門の店舗を借りることもできました。また、ギクシャクしていた夫婦仲も円満になり、今では、その事業を兼ねてより念願していた息子が経営しています。」
「苦難に遭遇し、倫理指導を受けたときに、『ハイツ、わかりました』と指導に素直に応じる心があれば、うまく行くようになります。また、苦難に遭遇したとき、自分のことを最もよく知っている奥さんに相談し、言うとおりにすれば、不思議にうまく行くことが多いものです。場合によっては、烏の色は白と言われて、頷くだけの度量が必要でしょう。」と結ばれました。







【本日の朝食】


2月最終の火曜日。寒気が抜けて、わずかに空気が緩みました。厳しい寒さが続いたためでしょうか、日射しの柔らかさが敏感に感じ取れます。
東京都東村山・小平倫理法人会の三瓶重臣幹事と横浜市倫理法人会の樋口俊雄会長も交えて、カフェ「オリーブの木」で賑やかな朝食会が始まりました。

本日のメニューは、

大根のサラダ じゃこドレッシング/クロワッサン/カスピ海ヨーグルト/コーヒー



寒くなるほど甘みが増す大根を千切りにしたサラダに、たっぷりじゃこを入れた和風のドレッシング。しゃきしゃきした歯触りが実に爽やかです。焼きたてのクロワッサンとコーヒー、ヨーグルトとボリュームもたっぷりなうえ健康的なメニューです。おしゃれで贅沢な朝食も、「おもてなし主義」の鎌倉ならでは。講師の方は間違いなくびっくりされ、また、喜んでくださいます。藤本先生からはご家族のお話もたっぷり伺いました。




【来週の経営者モーニングセミナー】

 講師:樋口 陽子氏

東京都練馬区倫理法人会 城北地区 地区長
(有)エイチ・アンド・ワイズカンパニー 代表取締役

テーマ「信ずれば成り ~夢は必ずかなう~」

来週は樋口陽子氏をお迎えいたします。
高校在学中からモデル、タレントとして活躍、岩田専太郎画伯の専属モデルも勤めた樋口氏は、1983年よりダーツに取り組み、日本初のプロダーツプレイヤーとなりました。1985~86年には、2年連続でインターナショナル日本選手権で優勝。’87年には世界ランキング1位という快挙を成し遂げました。
’98年より(有)エイチ・アンド・ワイズカンパニーを設立、ヘルシー&ダイエットカフェを新橋駅前および練馬区にオープン。全国展開を目指して奮闘中です。
次々と夢を実現していくパワーの源と、その秘訣とは? 
目標達成スキルや人間関係向上のための講演活動や企業研修の講師も行っている樋口氏が、熱い心を伝えます。

2014年2月20日木曜日

今日この日を生きる 仕事に生かす武士の心得


本日は横浜市戸塚倫理法人会の経営者モーニングセミナーにて石川真理子幹事が講話をいたしました。
鎌倉から応援として石渡好行会長と中山裕一朝礼委員長も駆けつけました。

※石川真理子氏のプロフィールは割愛いたします。

戸塚は女性会員も少なくないということで、まずは幕末明治に日本を訪れた外国人が日本女性をどのように評価していたのかを紹介。
日本女性のおおらかさや賢さ、教養の高さや立ち居振る舞いの美しさなど、気品あふれるその姿がいかに絶賛されていたかという記録は、まさに驚きに値します。しかも、それが士族など特権階級の女性のみならず、一般の女性、それも、最下級とされる女性が、欧米における貴族に匹敵しているというのです。
また、日本は男尊女卑であるとされますが、必ずしもそうではないということも、わかりました。

そして、このような女性をつくりあげたのが、武士道を基とする日本人の倫理道徳だったのです。
武士は「誠」を重んじます。字を見てわかるように「言ったことを成す」ことが重要です。これが実践倫理とまっすぐにつながるところです。
一日いちにち、善の道に励むことそのものが生きることであるということも、やはり倫理と同じでしょう。







また、かつては女性特有の徳として、以下の四つがありました。

○婦徳(やさしく素直で柔和なこと)
○婦巧(家事全般をこなし家を運営する)
○婦言(口をつつしむ。美しい言葉をつかう)
○婦容(美しい容姿につながる心のありよう)

婦容の徳は「美しい容姿」ではありますが、かつて日本では「内面の美しさが表に出る」とされ、美人というのはすなわち「心の美しい女性」のことでした。
内面を磨こうという意識は今に始まったことではないのですね。

さて、善の道に励むことは、時としてつらくなることもあるものです。
その時にどうすればいいのか。
石川氏は「明日死んでも良いように生きることだ」と語りました。そして、これこそが武士道の神髄でもあるのです。
現在にも充分生かすことのできる日本の美徳を、あらためて実践していきたいと思いました。



2014年2月18日火曜日

倫理と狂言~狂言「福の神」より




【善竹 十郎 氏のプロフィール】
東京都世田谷区倫理法人会副会長
重要無形文化財総合指定保持者 狂言師

故善竹圭五郎の長男として先祖代々狂言師の家に生まれ、5歳の時から狂言の道に入る。父及び、祖父故善竹彌五郎、大蔵流24世宗家故大藏彌右衛門に師事。(社)能楽協会・日本能楽会会員。昭和58年芸術選奨文部大臣新人賞・平成5年大阪文化祭賞受賞。


2週続けて週末を大雪に見舞われ、まだ路肩に雪が残る鎌倉。足下から冷気が立ち上り、寒さはひとしおです。いつもの通り6時30分ぴったりに開始したモーニングセミナー。本日の「万人幸福の栞」輪読は「第七条 疾病信号」です。
続いて、石渡会長のスピーチです。以下に要約いたします。

「雪が降ったことによって人の真価が問われました。雪かきの仕方ひとつとっても、その人の心のありようがわかります。人から騙されたという人がいますが、常日頃から、本物を見分ける目を持つことが大事です。
また、ほんとうの思いやりとは何なのかを考えましょう。例えば地図。地下鉄の何番出口を出て、どちらに曲がり・・・というような文章での道案内をつけることが親切と言えましょう。こうしたことを考え、行動に移すことが大事です」




続いて、折笠会員の3分間スピーチです。
「消防団を引退し、昨年より、被災地の海産物を販売するお店をオープンした一方で、何年もの間、両親の介護に携わってきました。その経験から、ほんとうに体にいいものは何か、治療薬はほんとうに効果があるのか?ということが見えてきました。何が本物かということがわかってきたのです。倫理に入って思ったことは、ここには本物の人がいるということです。私はここにいる方々と一緒なら、日本のため、地球のために、がんばることができます」



【善竹 十郎 氏の講話】

いよいよ善竹氏の講話です。羽織袴をまとった姿が前に立つと、一瞬にしてその場の空気が変わったように感じられました。

本日の講師は、重要無形文化財総合指定保持者 狂言師の善竹 十郎 氏です。






まず、善竹氏の家系をご紹介いただきながら、どのようにして狂言と能が受け継がれてきたかを説明した上で、能と狂言のちがいをわかりやすく教えてくださいました。
まず、能と狂言は似て非なるものであること。
能をミュージカルにたとえると、狂言はコントにあたるそうです。また、能が候文であるのに対して、狂言は会話・対話であるため、現代人でも何を言っているのかがわかるのです。
「この世のすべては陰と陽で成り立ってますが、言うなれば能は陰、狂言は陽です」という説明に心から納得しました。
さらに、「栞にある、病気は生活の赤信号という言葉からは、病気をしたということは生活を改めるチャンスであるということ、つまり、病気という陰があるからこそ、それを改めた後の健康=陽があるのだということです」と、たいへん深いお話をいただきました。
最後に、狂言の実演がありました。目の前で一流の芸の一端に触れることができるとは、なんて贅沢なモーニングセミナーであったかと、たいへん特をした気分になりました。





【本日の朝食】

立春過ぎて、季節が真冬に逆戻りしてしまったかのような寒さの中、善竹氏を囲んでカフェ「オリーヴの木」の朝食会が始まりました。


本日のメニューは、

ハンバーグとホットサラダ/クロワッサン/セサミクロワッサン/カスピ海ヨーグルト/コーヒー



温かいキャベツの上に手づくりのハンバーグ。さらにおじゃこのトッピングと、とても健康的なおかずです。毎週楽しみにしているクロワッサン、本日はプレーンとセサミの2種類をいただきました。
「ほんとうにこのメニューがこのお値段なんですか?」と善竹氏もびっくり。厳しい稽古になんとかついていこうとがんばった幼い頃からの思い出話など、講話では伺えなかったことも聞くことができました。











2014年2月13日木曜日

かまりんミニツアー 福満開*鎌倉七福神巡り

かまりんミニツアー 福満開*鎌倉七福神巡り


カフェ「オリーヴの木(下の写真)」での朝食会の後、以下のルートで七福神巡りを実施しました。


 

8:50  オリーヴの木より、徒歩で長谷寺へ
     恒例により、講師は人力車でお見送り
9:10  長谷寺拝観(大黒天):拝観料300
9:24  御霊神社(福禄寿)
9:53  徒歩で海岸通り(国道134号)を経由して鎌倉駅へ
                    コーヒーなどで暖を取る
11:45 徒歩で本覚寺(夷尊神)へ
      妙隆寺(寿老人)
         
 宝戒寺(毘沙門天)
         
 鶴岡八幡宮(弁財天)
12:40 「季節料理あら珠」にて昼食
13:40 バスにて浄智寺(布袋尊):拝観料200
14:10 浄智寺にて解散(北鎌倉駅)


 「かまりんミニツアー」には、本日の講師を含む12名が参加です。

残雪と雲で、気温が上昇せず、体中が冷え切る寒い七福神巡りとなりました。雪を被った寒梅が、そこここに咲いていて、訪れる人の目を楽しませてくれます。

雪解け水でぬかるんだ路面をハイヒールや革靴で歩いていたのですが、歩くにはスニーカなどが適していると思いました。

 ・長谷寺

736年創建され、鎌倉時代の初期(1200年)に再建された浄土宗系のお寺です。重要文化財に指定された梵鐘、銅製の十一面観音懸仏などがあります。宝物館は3/末まで休館です。展望台に登り、葉山、逗子、鎌倉、江ノ島の海岸の素晴らしい眺望を満喫しました。

・御霊神社

長谷寺を出ると直ぐに御霊神社があります。
3年の役(108387年)で活躍した権五郎景政を祭神とする神社です。

 

御霊神社を出て直ぐに、「力餅」を売っている店に入り、甘いあんこをまぶしたお餅を皆で食べて、鎌倉駅まで歩くためのエネルギとしました。

海岸に沿った国道134号線を歩くと、砂浜に打ち上げる波音がのどかに響きます。遠く葉山の方の海には、数多くのヨットが浮かんでいます。

少々歩き疲れたこと、手足が心底冷たくなったことなどで、計画にはないコーヒータイムを取り、その後再び徒歩での散策です。

本覚寺(夷尊神)

鎌倉駅に近い所にあり、1436年に創建された日蓮宗のお寺で、本尊は釈迦三尊像です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
・妙隆寺

1385年に建立された日蓮宗のお寺。鎌倉・江ノ島七福神のひとつ・寿老人が祭られています。

 ・宝戒寺

1335年醍醐天皇の命により北条氏の鎮魂のため、足利尊氏が建立。天台宗のお寺で、梅の名所です。

・鶴岡八幡宮

1180年源頼朝が源氏の氏神として建立(弁財天)。全国の八幡宮を代表する大社で、鎌倉の観光客の約半数が訪れます。

昼食は、季節料理「あら珠」のあら珠弁当(2100円)です。お腹が膨らんだところで、バスに乗って、浄智寺(布袋尊)へ向かいます。

 


 
・浄智寺(布袋尊)

浄智寺は、北条宗政の菩提を弔うために、北条時宗によって1283に建立されました。本尊は、阿弥陀如来釈迦如来弥勒如来の三世仏で、それぞれ過去・現在・未来を象徴します。境内は国の史跡に指定されています。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布袋さんのお腹や顔を触れば、良いことがあると言われています。皆が触るので、黒光りしています。
 ここ(北鎌倉駅)で解散となりました。

鎌倫では、4月29日にも、このようなミニツアーを計画していますので、奮って参加して下さい。

2014年2月12日水曜日

自分を諦めない

自分を諦めない 2月11日(火)

本日の講師は、東京都新宿区倫理法人会 副事務長の加藤 万季 氏です。

 加藤 万季 氏のプロフィール】

東京都新宿区倫理法人会 副事務長

NPO法人 日本ヒップホップ協会 理事

 
土日に、20年ぶりとなる大量の雪が降り、道路脇に残雪が残る由比ヶ浜公会堂には、5時半ごろから役員が集まり、MSの準備開始です。
6時丁度に、寒さを吹き飛ばす威勢の良い声で役員朝礼が始まりました。

MS開始は6時半です。今日の栞の箇所は第六条「子女名優」です。

以下は石渡会長のスピーチです。
















「仕事をスムーズにこなすために最も大切なことは、人柄だと思います。日本では、地位や年齢、論理的な理屈などが幅を利かすことが多いけれど、人が気持ちよく仕事をするには、楽しく喜んで仕事をする環境を皆で作ることです。鎌倫の長所は、「楽しく・喜んで」ですので、皆さんも徹底してこの長所を伸ばしましょう。」

次に、平松広報委員長の3分間スピーチです。

「私は、幼いときから積極的に発言しない、引っ込み思案の頼りない子どもでした。先生から難しい問題が与えられ、それを短時間に解けているのに、殆どの生徒が手を挙げるのを待って手を挙げるような情けない子どもでした。

















私の三人の娘もそうですし、孫の授業参観に行っても、先生の質問にいち早く手を挙げるのは、元気のいいよその子です。こんなはずではないと、とてもじれったく腹が立ちます。

でも、老年になって、次のように感じるようになりました。友人にとって、引っ込み思案な性格の子は、自己主張が強すぎず、謙虚で、出し抜くことの無い、安心して付き合える存在、と思って貰えます。また、配下や上司からも好かれる存在にもなります。考えようによっては、引っ込み思案もメリットになり得ると考えています。」


【加藤 氏の講話】
 
【加藤 氏のプロフィール追加】

小学生時代:長野市の教育方針“人を育てる”のもと、自主性を養う体験型学習により、大きな影響を受ける。

高校時代:貧血や神経性胃炎などに苦しむ。

専門学校時代:コンピュータグラフィックスを学んだが、脳下垂体系の発育不全などの難病に次々と襲われる。

20代前半:小劇団で演劇をしながらCADオペレータとして勤務。その後、振付家 香瑠鼓(かおるこ)さんプロデュースのバリアフリーイベントを手伝う

30:マネージャとして芸能界に触れる。 バリアフリーワークショップに参加、ネイチャーバイブレーションメソッドを体験

現在:企画制作会社 ブリックスに勤務。2009年、HIPHOPダンスの世界大会を手がける部署をNPO法人化


加藤 氏は、上記のプロフィールのとおり、持って生まれた難病と闘いながら、色々な仕事を経験されました。その中で、倫理との衝撃的な出会い、そして純粋な子供たちとの触れ合いを通じて得られた感動について、以下のように力強く講話されました。






 











2012年に、『丸山敏雄伝』を読み、衝撃を受けました。これが、倫理との最初の出会いでした。更に『万人幸福の栞』にも感服しました。」

「特に、HIPHOPダンスを通じて、子供たちと触れ合い、壮絶な病魔や東日本の震災と闘いながらも、それらを乗り越えて世界大会に出場し、好成績を挙げた子どもたちに感動しました。」

「数人の仲間が音楽と踊りを合わせるとき、仲間との絆を確かめ合うことのできる悦びが染みとおってきます。この喜びを味わった子供たちは、世界大会に出場し、表彰台に乗るという共通の目的のためには、決して諦めない純粋さを発揮します。この決して諦めない心を、私は子供たちから学び取ることができました。」

「仲間の一人の少女は、難病で意識が無くなり、もう助からないと思われていましたが、昨年の日本大会で仲間が優勝し、そのことをお母さんが耳元でささやいたところ、奇跡的に意識を取り戻すという劇的な不思議がありました。」「また、その後少女は復活し、世界大会にも参加できるほどに回復したのです。」

「諦めずに再起できた原動力は、音楽に合わせて仲間と同じ気持ちで踊るダンスの力・少女の生きる力・それらを支える倫理の力だったと思います。」と、結ばれました。

 
【本日の朝食】

いつものように、「オリーブの木」に向かいました。贅沢で栄養バランスの良い朝食が、たったの1コインで味わえることが鎌倫のもう一つの魅力です。
















今日は、空はどんよりと曇り、いつになく寒い一日になりそうですが、この後鎌倉の七福神巡りを企画しています。

2014年2月7日金曜日

作曲者偽装事件

                            
                           

作曲者偽装事件

聾唖作曲家を自称する佐村河内(さむらごうち)守 氏が、作曲したのは別人(桐朋学園大の新垣 講師)であることを打ち明けました。新垣 氏によると、佐村河内 氏の耳は聞こえているということです。

これが事実であれば、私達皆(日本国民)が騙されていたのです。

日本人は礼儀正しく、おもてなしの心を持った美しい民族で、大震災のときにも互いに助けあった素晴らしい国民だという評価を信じていいのかどうか。今回の事件は、国際的にも、日本人全体のイメージ・評価を著しく貶めてしまったのではないでしょうか。

真実を隠蔽すれば、嘘が嘘を産むことになるのは明らかです。最初の嘘は軽いのでしょうが、その小さな嘘が次の嘘を産み、次第に増幅するのが常です。

ところで、交響曲「広島」は、音楽的にベートーベンの交響曲に匹敵するほどの価値が本当にあったのでしょうか? 被爆2世や聾唖者というハンディキャップ用語を最大限に利用し、お涙頂戴式手法で国民を欺いてきたのではないでしょうか。予想以上の人気に慌てて真実を語ることになったことは、せめてもの償いなのでしょう。

交響曲「広島」は、ベートーベンの交響曲とは較ぶべくも無く低レベルの曲だと酷評している作曲家もいます。それが正しいとすれば、日本人の音楽の評価レベルも疑われます。

音楽性の無い交響曲も、音楽とは無関係な群集心理的人気さえ出れば、価値ある音楽に変質するという、嫌なロジックが顔を出します。新垣 氏は、佐村河内 氏から20曲以上の作曲を委託され、約18年間で計700万円ほどの報酬を得ていたようです。ヨーロッパにおいても、クラシックの曲を作曲した著名な作曲家の殆どが、赤貧洗うが如しの生活だったようです。日本でも一部の音楽家を除いて、力のある音楽家が苦しい生活を余儀なくされているのが実情でしょう。

しかし、何よりも音楽を愛し、聴衆の悦びを我が悦びとすることができることに生き甲斐を感じるのでなければ、音楽家への道を歩むことはできないと思います。

戦後の教育は、知育に偏重し、徳育が軽視されてきました。戦前の徳育が、どちらかと言うと、個人の人権や創造性よりも、国家の方針を優先させ、個人のモチベーションの方向を、国益本位に向かわせたことへの反省から、道徳感の醸成は個人に委ねるという考え方に移行し、学校での徳育が軽視されてきました。

有名大学の卒業生が、自分の利益追求のために就職先を決め、既得権益確保を最優先とする職場にしがみついている姿を見るにつけ、知育偏重教育のなれの果ては、国家(人類)の崩壊に繋がっていくように思います。
 
今回の作曲者偽装事件は、戦後教育の欠点が大きく現れた結果だと思えてなりません。強制されない倫理の本道を歩む者になりたいと思います。

文責:広報委員長 平松 健男