さまざまなイベント企画を行っている鎌倉市倫理法人会

モーニングセミナーをはじめ、おもしろ企画をどんどん行っています。いろんな経験をしたいなら鎌倉市倫理法人会へ!

2014年12月30日火曜日

苦難は幸福の門~死に様を探る~

本日の講師は鎌倉市倫理法人会白木大五郎副会長です。

【白木大五郎さんのプロフィール】

黒田官兵衛の筆頭家老・栗山善助の子孫。日立製作所入社。日立電子サービス株式会社にて専務・常勤監査役を歴任。引退後は経験と実績を生かし後身の育成をはじめとする社会貢献活動に奉仕する日々。





今年最後のモーニングセミナー。雨上がりの朝は思いがけず暖かくなりました。
まずは石渡会長の挨拶です。



【石渡好行会長 挨拶】

「みなさん、何のために倫理をやっていますか?私は人としていかに生きるかということを学ぶために倫理法人会に在籍し、さまざまな実践を行っています。今年で七年になりますが、栞に書いてあることは本当なのだと、つくづく実感するようになりました。12月23日に103歳で父が他界しました。栞の95ページに【正しく生きた人でないと、美しい死に方はできぬ】とありますが、父の最期を見てまさにその通りだと思いました。
明治生まれの父は大正・昭和と困難な時代を生きましたが、苦難を乗り越えるたびに明るくなっていきました。そんな父のことを考えたときに、すべては愛なのだと気づいたのです。家族への愛、会社への愛、仲間への愛。父が愛に生きたからこそ、多くの人が別れを惜しんでくれたんです。
父はいつでも明朗でした。だから愛があったのです。父の生涯を目の当たりにして、あらためて栞に書かれていることが真実であると思った次第です」



本日は会員スピーチはお休みです。
白木大五郎副会長の講話をたっぷりと伺いました。

白木家の長男に生まれた白木大五郎副会長は、幼い頃から先祖の歴史を教えられて育ちました。自身のルーツを知ることによって、先祖への感謝の心を抱くようになったといいます。
大企業に入社してからは仕事一筋の企業戦士として邁進した白木副会長。しかし、リタイア直後に生死の境をさまようほどの大病をし、それが転機となります。

「72日間の闘病生活の中で受けた治療は、治療そのものが極めて危険なもので、私は文字通り生死の境をさまよいました。いわゆる臨死体験をしたのです。他界した父や友人も迎えに来ました。ところが私は奇跡的に助かったのです。その時、自分が故郷のために何ひとつしていないことを悔い、神様に、もしここで生かしてくれたら、故郷のため世の中のためになることをします、と、約束したのです。そこで生き返ったわけですが、つくづく生きているのではなくて生かされているのだということを思った次第です。
さて、神様との約束を破るわけにはいきません。それからというもの、福岡の若手ベンチャー社長の育成のための「白木塾」をはじめ、さまざまな社会貢献活動を行うようになりました。それは間違いなく私の喜びとなりました。まさに苦難は幸福の門、利他の心と感謝の心を実感を持って知りました。
東日本大震災の被災地にも赴きました。そこでいちばん耳にした言葉は「ありがとう」です。日本人はまだまだ捨てたものではないと思いました。
それでも、戦後の日本人が失った大切なものがあります。『星の王子さま』に「本当に大切なものは目に見えない」とありますが、私たちは精神的な豊かさを失ってはいないでしょうか。
死んだ後、あの世に持って行かれるのは何であろうかと考えれば、この世での良き思い出くらいでしょう。最期に「ありがとう」といって死んでいくことができるように、今をどう生きるかが問われます。
利他の心と感謝の心を持ち続け、失ったものより今あるものへの感謝の心を抱き続けたいものです。これは母から教えられたことでもあります。
日本では人の人生を「春夏秋冬」にたとえますが、儒教では「冬・春・夏・秋」とします。
冬は10~20歳で心身を鍛える時、春は20~45歳でまさに青春です。働き盛りの45~60歳の夏を経て、65歳以降の秋は文字通り実りと収穫の時です。私は、まさに今、人生における実りと収穫の時を生きているわけですが、いつも思うのは、「ハイ喜んで」と言える自分でありたいということです。古希を過ぎた私には、生き様よりも死に様が大切になっています。息を引き取るときに、良い人生だった、ありがとう、と言いたいものです。そのために、残された人生を、人の喜びを我が喜びとして生きていこうと思います」



本日は、そのまま由比ヶ浜公会堂で朝食となりました。
サンドイッチにスープ、紅茶、みかん。女性陣が手分けして手際よく配膳し、今年最後の朝食会を和やかに過ごしました。






0 件のコメント:

コメントを投稿