さまざまなイベント企画を行っている鎌倉市倫理法人会

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2016年7月13日水曜日

~女性として、人として、『岐路に立つ』~鎌倉市倫理法人会 幹事 齋藤 晴美

16712日(火)

九州や紀伊半島では大雨の情報がありますが、関東地方は専ら水不足の心配ばかりです。4時半に起床して外を見ると、雨の気配はありません。毎日が猛暑寸前の暑さです。本日の講話者は鎌倉市倫理法人会の幹事をされている齋藤 晴美 氏です。夏に相応しい着物を颯爽と喜こなされ、ご登場です2年前の講話では、倫理の考え方に沿ってお父様との確執に終止符を打たれたことをお聴きし胸打たれたことを想い出します。今回の講話のテーマは『岐路に立つ』で、やはりご家族との課題を倫理の考え方で解決され、慣れ親しんだ会社を辞めて新たに起業された経緯についても話される予定です。MS開始は6時半です。

松谷会長の会長スピーチが始まりました。


「本日講話を担当される齋藤幹事は、来年度、神奈川県では初の女性の法人レクチャラーに選任される予定です。鎌倫のエースとして成長されることを願っています。先週、荒井 久満 氏のお話の中で、『職場の教養を社員に渡す際、一人ひとりの名前を書き込んで渡すようにしている。』というお話がありました。私もそのようにしました。また、アルバイトの方とも、会話を繋げて、コミュニケーションを良くするため、彼の地元のお祭りなどについても話題にし、話をしています。最近、近くの祭りを計画・実行したところ、当日強い雨が降り、中止となりました。計画の際には、豪雨となることも想定し、対応を考えておく必要があると痛感しました。」
次は、藤生 直子 会員の会員スピーチです。


「個人的に、講座を開設しました。自分の声を磨き、楽に響く声を出すのが目的です。赤ちゃんが産まれ出てくるとき、オペラ歌手より大きな声で、完璧な発声をします。赤ちゃんには訴えたいことがあるからこそ、あのように大きな声が出るのです。大人になるに従って、息が不十分となり、小さく情けない声になってしまいます。」

次は、いよいよ齋藤 晴美 の講話です。


【齋藤 晴美 氏のプロフィール】
2年3ヶ月前に鎌倫に入会,
来年度倫理法人会法人レクチャラー
()中央メディアエージェンシー取締役

「鎌倫での講話は2回目、他会での講話を含めば、今日で19回目です。前回の鎌倫講話は、約2年前でした。倫理に入って、色々な方とも相談し、課題であった父との確執を倫理的な手法で解きほぐすことができ、長年のわだかまりから解放することができました。しかし、離婚した元夫との間、息子との間には、課題が残っていました。その件について、自分を責めることで納得しようとしましたが、その手法では、解決困難であることを悟りました。また、私は元々顔面神経の付近を通る血管との癒着により、自分の意思とは無関係に顔面が引きつるという病を持っていました。その病が私の心に暗い影を落としており、80%の確率で完治するだろうという医師の見解を信じ、外科手術を敢行、手術は成功しました。ただ、離婚した元夫と息子との和解が解決に至っていないことは、私の棘(とげ)として残っています。息子の結婚式に出席することが許されなかったのです。自らが撒いた棘のため落ち込むこともしばしばでした。私は幸せになってはいけないと思うこともあり、そのことを倫理の友人にこぼしたとき、『あなたは何のために倫理をやっているの?』と言われました。その言葉で、幸せになってもいいんだと思えるようにもなりました。『岐路に立つ』と言う言葉も受け身ではなく自ら選び取る積極的な『岐路』でありたいと思っています。」

齋藤氏は今までの会社では、先に希望が見えないとの思いで、会社を辞め、新たに起業することを決心されました。そして、喜びを持って思いっきり仕事をし、倫理の道をあくまでも追求することを決心されたということです。私たちも応援したいと思います。


その後、いつものように集合写真を撮り、オリーブの木に移り、栄養バランスが良く、安価で美味しい朝食を頂きながら、皆さんで本日のMSの感想を述べあいました。       
平松 健男 記)

2016年7月5日火曜日

~実践の順番~法人局 法人スーパーバイザー 荒井 久満

201675日(火)

4時半起床、既に空は明るくなっています。梅雨の中休みで、いよいよ猛暑がやってきました。本日の講話者は荒井 久満 、講話のテーマは「実践の順番です。

役員朝礼の後、MS6時半に始まります。

松谷会長のスピーチが始まりました。

「先日、東戸塚駅近くの電車内で倒れた方がいました。私は直ぐに立って、介助しましたが、他の方の中にも介助する方がおられ、一安心しました。昨晩の倫理経営基礎講座における荒井 久満 氏のお話の中で、『職場の教養』を社員に渡す際、その社員の名前を書いて渡すように。とのお話があり、本当にその通りだと思いました。」

次は、名知 仁子 会員のスピーチです。
「ダッカのテロ事件があり、ジャイカの方々が大変な目に遭いました。ジャイカの中には、私の友人もいます。WHOの会議の際、国連のマークがあると危険なため、マークを隠してイラクを逃げたとも聴きます。日本ではいつも安心で死ぬようなことはない毎日が当たり前です。しかし、世界の中には、病気や武器によって明日をも知れない命の危険な地域があります。そのような地域にいると、ここで亡くなるとすれば、私は今何をせねばならないか?と思います。本当に大切な時間を貰っていると思わずにはいられません。命の大切さを感じることができることを喜び、人に及ぼすことが大事ですね。」

次は、いよいよ荒井 久満 の講話です。
荒井 久満 (67)のプロフィール】
倫理法人会に入られたのは、31年前。その後、主として千葉県の倫理法人会の要職を歴任、現在は法人局 法人スーパーバイザーとして、各地で講演されている。
千葉県流山市で漬物の製造・販売業を営む。

「倫理にとって、以下の考え方が重要です」として、4項目を挙げられました

1.倫理は実践が無ければ意味がない
倫理指導に従わず「昔ながらの生活」を踏襲するなら、何の好転も得られない。
2.実行のキーワードは、近い関係ほど重視
自分⇒配偶者⇒家庭⇒会社⇒団体⇒地域の左側ほど意思を疎通し、関係を改善。
3.実践できない理由
自分の都合で動く、入口が合わない、目標に一直線でない、喜びが連続しない。
4.現状からの脱皮
生活法則に従う生き方、一点突破、人に好かれる良い習慣。

 この後、集合写真を撮り、オリーブの木で栄養バランスの良い、美味しい朝食を頂きながら、皆さんで本日のMSの感想を述べあいました。
その後恒例の人力車で鎌倉駅までお送りしました。   (平松 健男 記)

2016年7月1日金曜日

~日本の木の家に住みたい~梅沢典雄設計事務所 梅沢 典雄

2016628日(火)

4時半起床、気分良く起きることができて、ほっと一息。昨晩、ひどい風邪を引いていたので、大丈夫かと心配しましたが、朝になると一転気分爽快です。九州地方の豪雨は一向に衰えず、地震で壊滅された地域を豪雨が襲っているようです。お天気の神さまは、何故弱い者いじめをされるのか、その真意を推し測ることはできません。本日の講話者は、鎌倉で設計事務所を経営しておられる梅沢 典雄 氏、講話のテーマは「日本の木の家に住みたい」です。しなやかな強度を持つ木材、また、豊かな森林に恵まれる日本の風土、そして、耐震性に優れる五重塔の耐震技術などが示されることを期待しています。

6時半からはMS本番です。

松谷会長のスピーチから始まりました。

「不都合なこと、嫌な思いがあったとき、愚痴をこぼせば幸せがこぼれて行きます。そのようなとき、一旦深呼吸して幸せだと思うことにしています。皆さんも自己革新して、幸せになって欲しいと思います。」

次は、石渡相談役の会員スピーチです。

「私は、講話を依頼されたら、喜んで引き受けることにしています。昔、木村由利子さんに何度も誘われて倫理に入り、人生が変わりました。そのお誘いが無ければ今の私はないと思います。お世話になった方は一生忘れません。70歳(古希)になったときに鎌倉市倫理法人会の会長を拝命。日本創生に役立つ人材を育成するためにとの願いで、同時に断酒しました。私は父に育てられたと思います。その父は103歳で亡くなりました。お茶を飲みながら心筋梗塞で、安らかにあっという間に亡くなりました。見事な死に方でした。」

次は、いよいよ梅沢 典雄 の講話です。

梅沢 典雄 氏のプロフィール】
1952年生まれ、東京藝術大学大学院を卒業後、岡田新一設計事務所に入所
2005年同事務所を退社し、梅沢典雄設計事務所 開設

「大学院を卒業し、会社に入社してからは、大きなビルの建設を担当していましたが、11年前に、小さな住宅でも造ろうと思い転職・自立しました。明治6年以降、日本の暦は『陰暦*1』から『太陽暦*2』に変わりました。」

*1:月の満ち欠けの周期に従って定めた暦。新月を1日とし、29.5日ごとに1日が始まる。1年は12カ月(354日)と13カ月がある

*2:太陽の周期に従って、1日が決まり、1年が365.25日あることより、4年に1度うるう年(1年が366日、他の3年は1年が365日)を持つ。なお、陰暦では、毎月1日が新月、15日が満月となる。

「昔から日本では、木を切る時期は新月の真夜中がいいと言われました。満月に切った木に比べて虫がつきにくく、割れにくいと言われています。木以外の西洋の材料(鉄、コンクリートなど)では、木のような粘り強い強度を有しておらず、地震の際、西洋材では大きく変形して破損に至る場合でも、組合せ木なら、変形しても破損することなく、踏ん張れます。五重塔のような地震に強い構造も地震国・日本が永年かかって学び、辿り着いた技術であると思います。」

数字上に表れる強度については、木材は西洋材に劣るが、使用上の実質的強度・耐久性に優るという事実は、目から鱗でした。更に、金属を使わないので、建設現場から出るごみは埋め立ての必要がなく、長期間放置してもやがて自然に還るごみなので、地球を汚染しません。明治維新で西洋文明が一挙に入ってきて、追いつき/追い越せと、日本人は西洋技術の物まねに没頭しましたが、その無秩序な模倣が、日本人の創造力を破壊し、環境を汚染してきたようです。

「今後の日本は、便利な暮らし、大量生産、集約、分化、施設、グローバルという価値基準から、豊かな心、手造り、長寿命、分散、住宅、ローカリズムという価値基準に転換するべきと思います。」

日本人なら、誰しも木材建築の良さは知っていると思いますが、今日改めてお話を聴く機会を与えられ、大満足でした。東日本大震災で発生した大量のごみ(放射性物質をはじめ、埋め立てごみが殆ど)は、いずれ環境を破壊しながら、人類を襲ってくるでしょう。今でも中国のプラスチックごみを食べた魚を日本人が食べているので、人体への影響が危惧されています。

この後、いつものように集合写真を撮り、オリーブの木で栄養バランスの良い、美味しい朝食を頂きながら、皆さんで本日のMSの感想を述べあいました。また、来年も続きのお話が聞けることを期待しています。

平松 健男 記)

2016年6月22日水曜日

~倫理法人会に入って良かったこと~東京都江戸川区倫理法人会 副専任幹事 西村 美智

2016621日(火)

4時半に起きると、もう外は明るく、流石に夏至ですね。雨降りを予想していましたが、雨は降っていません。水源地の降雨を期待していましたが、期待外れです。今日のMS講話者は、江戸川区倫理法人会の西村 美智 氏です。初めてのご講話とか、とても楽しみです。

6時から役員朝礼が始まります。何度練習しても暗記しなければいけない箇所で戸惑います。歳のせいかとも思いますが、努力が足りないのだと言い聞かせ、前の晩に床に入る前には一通り練習しています。

6時半からはMS本番です。
松谷会長のスピーチから始まりました。
「先週のMSでは、法人アドバイザーの大橋先生からこのようないいお話がありました。『子供たちが玄関の靴を揃えていないとき、親(自分)が自分の靴だけをきちっと揃えるようにしたら子供もそうするようになるというのは、少々おかしいと思います。そうではなく、自分の靴に感謝し、愛情を持って靴に接し、常にピカピカにしておく心遣いがあれば、子供も自然に靴を大事にし、きちっと揃えて脱ぐようになるでしょう。』つまり、人でも物でも、感謝しながら接することが大切だという話でした。私たちも、お互いに感謝しながら生活すれば、それが相手にも伝わり、心地良い生活ができると思います。」
 
 
 
 
 
 
次に、加藤 愼吾会員の3分間スピーチです。
40歳台のとき、思考をまとめようとして、6年間、毎年冬の西穂高で、山歩きをしました。先日、某会社の倫理講演会に参加したところ、講師が豊澤 早一妃 氏でしたので、びっくりしました。講話の途中で、講師から私に直接質問があり、びっくりして心臓が張り裂けそうになりましたが、その後は眠気も吹き飛び、じっくり講話が聴けました。30年前に戻って、残りの人生を生きたいと思います。」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次は、いよいよ西村 美智 氏の講話です。
 
【西村 美智 氏のプロフィール】
東京都江戸川区倫理法人会 副専任幹事
()なないろの空 代表取締役
昭和43年生まれ、6才年上の夫と21才で結婚、息子(25)、娘(24)との4人暮らし

 「初めての講話で大変緊張しています。」と、切り出されました。「私の父は、中卒の叩き上げで、大阪で昆布の佃煮の店を切り盛りし、子供の世代では協力して、全国展開するまでになりました。私は、3兄妹の末っ子として産まれ、家族一同が『働かざるものは食うべからず』という雰囲気の中で育ちました。それに反発して、専業主婦の生活を夢見ていたので、その通り早く結婚することができ、自分では喜んでいました。倫理には、2012年の正月に、母に誘われて朝起き会に参加したのがきっかけです。江戸川区倫理法人会のセミナー参加者は100人を下らず、明るい雰囲気で、気に入っています。」
  
女性は、自分の子供の将来を常に気に掛けています。次世代が幸せな環境で、平和で、やる気の出せる社会であってほしいと願います。そのためには、改革が必要です。江戸川区倫理法人会では、小林会長を初めとし、女性の結束が強くなり、頑張っています。今では笑顔が溢れ、色々な楽しい企画も実行しています。実際、お母さんたちが輝くところでは、子供たちも輝いています。ということで、子育てママ向けの講座を始めるため、コミニティカフェを企画し、幸先は良かったのですが、詐欺的な契約をしてしまい、折角の企画が挫折しました。これにめげず、再チャレンジを考えています。今後は、自己否定の傾向がある自分の考え方を180度転換し、自分らしく生きること(自己肯定)を重要視したいと思っています。最近の子供たちを見ると、夢を持たない子供たちが多いと思います。お母さんたちが輝けば、子供たちも輝くとの信念で、お母さんたちが楽しくなる企画を立てたいと願っています。」子供を輝かせるには、親たちが輝くことが必要で、そこに私たちのエネルギーを集中したいという西村氏の固い決意を感じました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この後、いつものように、オリーブの木で栄養バランスの良い、美味しい朝食を頂きながら、皆さんで本日のMSの感想を述べあいました。その後、生憎の雨の中、紫陽花を求めて、有志数人が長谷寺などに向かいました。

平松 健男 記)

2016年6月15日水曜日

~ここに倫理がある(商売繁盛の秘訣)~倫理研究所 法人アドバイザー 大橋 俊作

2016614日(火)

梅雨入りなのに梅雨(寒冷)前線は南海上に退き、早朝から晴天です。下降気流の寒気で、朝晩の空気は涼しくても、昼間の太陽光の輻射熱は強烈です。八木沢ダム(神奈川県を除く、関東地方の水源)の貯水量が僅か10%となり、神奈川県以外の都市部の取水制限を開始するとか。都市部への降雨は十分でも山岳地帯の降雨が過少なようです。

いつもの通り、松谷会長のスピーチから始まりました。

「先週の土曜日、東日本大震災で被災した方々に収益を捧げるチャリティコンサートを開催しました。111名の方々に来場して頂きました。昨年よりは少し減少しましたが、盛況裏に終えることができました。皆さん、そして関係者の方々に心から感謝申し上げます。」

「昨日、信号無視して交差点に入った車と危うく事故を起こしそうになりました。一瞬『この野郎!』と思いましたが、次の瞬間、相手にも色々と急ぐ事情があったのだろうと思い、事故にならなくて良かったと胸を撫で下ろしました。できることなら、相手をののしるのではなく、相手にも言い分があるだろうと思う肯定的で穏やかな人間になりたいものです。」

次に、先日入会された山田 剛司 会員の3分間スピーチです。

5年ほど前から、社長に勧められ、倫理法人会に関心を持つようになりました。丸山先生の考え方に共感し、九州の友人が倫理法人会の会員であることで、意気投合し、九州の倫理法人会の会員となりました。更に今回、礼儀正しく、感性の一致する鎌倫への入会を決意しました。毒にも薬にもなるお金の使い道を厳選し、世の中を少しでも良くする方向の仕事をしたいと思っています。」

入会を喜ぶとともに、高い志をいつまでも維持され、世の中を改善・改革する力を発揮して頂きたいと願います。

次は、いよいよ大橋 俊作 氏の講話です。

【大橋 俊作 氏のプロフィール】
(一社)倫理研究所 法人局 参事 法人アドバイザー
()大福産業 代表取締役

「私が倫理に入会したのは、42年前(昭和49年)で、38歳のときでした。当時は地元のデパートの営業部長で、期末決算では年商80億円となり、来期は年商100~110億円、支店も増やすという順風満帆の構想を打ち出しました。そして、決算発表直後には、お客様への利益還元として、安売りも実施しました。ところが、社長から、『お前には、総務部長をお願いしようと思っている』と言われ、当時花型であった営業から総務への人事異動に愕然としました。家族の生活が懸かっているので、職を辞することはできませんでしたが、強く落胆しました。しかし、その後よく考えてみると、社長は、その後の花形職種が営業から総務へと移行するという時代の流れを推定されていたのであろうと思います。社長は、その流れに私を置き、期待してくれていたような気がしています。今は亡き社長が私の職に関する親代わり、つまり『職の親』という存在であったと、しみじみと思っています。」

このほか、純粋倫理の本質について、色々な面からのお話がありました。言葉だけでは言い表せない意味の深い内容でした。

この後、いつものように集合写真を撮り、オリーブの木で栄養バランスの良い、美味しい朝食を頂きながら、皆さんで本日のMSの感想を述べあいました。
 
本日は、先週のチャリティコンサートでエネルギを使い果たした会員が多いのか、欠席者が多かったように思います。今日のお話のような秀逸な講話を聴くチャンスはあまりないと思いますので、来年、桜の花の咲く頃に、また講話をお願いできたら、と思います。

その後、鎌倫恒例の人力車で、鎌倉駅とを往復されました。        平松 健男 記)