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2014年12月16日火曜日


2014年12月16日火曜日                               

本日のMSのテーマと講師は以下の通りです。

「2015年の展望」           惠玉社 代表   武井 貞善 氏

真冬の日本列島には、時々台風に匹敵する強さの爆弾低気圧が発生し、猛吹雪や竜巻を発生させます。今回も北海道付近に異常に発達した低気圧が発生し、日本全体が冬将軍に見舞われています。台風の場合の低気圧は、海面温度が27℃以上になると発達し、台風が日本付近まで北上して海面温度がその温度以下になるか上陸して上昇気流としてのエネルギ補給が途絶えると、勢力は一挙に衰えて温帯性低気圧になって消滅します。

冬季の爆弾低気圧は海面温度とは無関係に発達するので、低気圧の発生メカニズムが台風とは異なるのではないかと思われる方が多いと思いますが、いずれの低気圧も、北方の冷たい気温と、南方の温かい気温との差が、一定以上になり、両者がぶつかり合う地域で大規模な上昇気流が発生するという点では同じ現象です。つまり、日本付近では緯度の変化に対する気温の変化が激しいので、このような現象が発生しやくなります。


 
【石渡会長挨拶】「毎年末に講話をお願いしている武井氏に、本日の講話をお願いしました。

今日の栞の箇所は16条「己を尊び人に及ぼす」です。私は、我を張らなくなった時期、つまり、自分のことより、周りの方に喜んで貰えることを率先して実行するようになってから、全てがいい方向に変わったような気がします。鎌倫に入って来られた会員の皆さんも、そのような考え方に変わった途端、奇蹟が次々に起こったように思います。周囲の人に喜んで貰えることを一途に実行すれば、大きな喜びを産み、結果的に自分を大切にすることにつながるのだと思います。」石渡会長ならではの含蓄のあるご挨拶で、鎌倫の会員全員が納得しました、

 次は3分間スピーチです。

【藤生 直子 会員のスピーチ】「鎌倫には10月に入会しました。そのとき、石渡会長から、『あなたは神様を信じているか?』と訊かれ、一番痛いところを突かれたと感じ、涙がこみ上げてきました。というのも、私の末の妹が、19年前にパリのユネスコ本部で働いていたとき事故死しました。
 
パリでの裁判を抱え、家族が悲しみのどん底にあるとき、私は肺癌、母が胃癌に罹り、神も仏もない地獄を味わいました。まさに、悲しみという心の病が体を蝕むという実体験をしました。25歳で人生を閉じた妹は、多くの人から慕われていたことが、死後に分かりました。短い人生でしたが、50年分生きた人生だったと思っています。私の母方は神主の家でもあり、自分は神様を信じていないわけでもないと、思っていましたが、心底からは信じていないことを会長から指摘されました。今まで探していた言葉は、栞の『苦難福門』にあることに気づきました。このことに気づいた途端、私は前向きに動き出せると感じました。実際、アナウンスの仕事も入り、来月からは、妹の願いでもあった寄り添い支援学習にも携われることになりました。石渡会長には感謝、感謝です。

 いよいよ、惠玉社 代表   武井 貞善 氏の講話です。

大熊 富夫 氏のプロフィール
「1948年藤沢市生まれ。 地方公務員、音楽プロデュースの仕事をしながら東洋運命学を学ぶ。
東洋運命学の普及、運勢鑑定・教室を開催し、開運への道案内を実施【九星気学、干支九星学・気学推命、数理学・断易】」


【武井 氏 の講話】・・・テーマ:2015年の展望
「2014年の甲午四緑木星の気を受け、2015年は2月4日から乙未三碧木星が始まります。2014年の会員の皆様の状況はいかがでしたでしょうか、良かった人、悪かった人、人並みであった人とそれぞれの思いがあったのではないでしょうか。来年2015年は「乙未三碧木星」の年、その年の状況を占ってみましょう。十干(天の気)、乙(きのと)は不安定、不決断、迷い、内攻性の意味を含んでいます。十二支(地の気)未(ひつじ)は変化、未解決、未知、消極を現します。人の気の九星は三碧木星、つまり、始まり、新規事、エネルギー、振動、震雷、声あって形無し、若さという事象が出やすい年になります。
まとめますと来年は“新規と衝撃と変化”の一年ではないでしょうか。
自然界でも地震・火山噴火・温暖化が益々進み、我々の環境はますます厳しくなるでしょう。政治・文化・世界情勢からも目が放せない一年となるのではないでしょうか。まず、中宮の三碧木星の人や業界(IT・家電・電気等)が注目を浴び、全体的には新興勢力が伸びることが予想されます。皆さんは右往左往しながらも進むことが肝要です。高運期に入る一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、七赤金星はこのときとばかりに大いに活躍してください。五黄土星、六白金星は大きく人生や環境が変化する時期ですので、流れに乗ることも必要と思われます。反対に八白は冬の季節に入るので、健康・経済・人間関係に影りが見えてきます。無理をしない過ごし方が必要と思われます。九紫火星は夏頃から本格的に動き出すでしょう。一つ心配なのは東一白水星、東北六白金星の人や業界は暗剣殺や歳破が付きますので気をつけましょう。例えば一白水星生まれの中に安倍首相がいます。健康は大丈夫でしょうか?(心配です。)そして、六白水星に歳破がつきます。国家経済、大企業(自動車関連)、証券業界は大変革を強いられます。一年が無難で過ごされることを祈念いたします。」

なお、一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、五黄土星、六白金星、七赤金星、八白などは、生年月日から計算可能な方位。
 
その後、MS出席者全員で「オリーブの木」に移動し、栄養たっぷりの朝食を頂きました。
 
武井氏の周りには、来年の運勢を占って貰おうと、女性群が陣取りました。男性軍は隅の方でじっと我慢でした。  (平松健男 記)

2014年12月9日火曜日


2014年12月09日火曜日                               

本日のMSのテーマと講師は以下の通りです。

「深願」  (一社)倫理研究所 法人アドバイザー

         (株)アイ・ビー・ビー 会長      大熊 富夫 氏

本格的な寒波襲来とともに、全国各地で雪の被害が多くなりました。今まで雪の被害に遭ったこともない地域に重たい雪が降り積り、倒木による被害が出ています。人類の活動が結果的に異常気象を含む天変地異という結果を出しているような気がします。私たちは、『天変地異』ということで、人間業では抗しきれない、どうにもならないこととして受け入れようとしますが、その殆どは人災と言ってもいい現象のように思います。


私たちは、想定外、諦めなどから脱出し、被害を更に最小限に抑え込むことが必要です。あり得ると考えられるリスクをできるだけ多く想定し、その一つひとつのリスクから逃れる最大限の安全処置を施すこと、そして、日頃から避難訓練などを真剣に実施しておくことなどの対応が必要です。

【石渡会長挨拶】今日は久々に梅ヶ辻会員が出席されました。大変嬉しいことで、大歓迎です。」倫理研究所の先生方には、学者肌の方と、実務肌の方がとがあります。本日の大熊先生は、実務肌の方です。結局『愛』が大切ですと仰る先生です。乞うご期待です。

次は3分間スピーチです。本日は続けて二人がスピーチをします。

【白木副会長のスピーチ】
「最近、福岡で西郷隆盛の4代目に当たる西郷隆夫さんと対談しました。西郷隆盛にまつわる以下のような話を伺うことができました。

 
 
①  上野公園の隆盛の銅像について、除幕式の時に隆盛夫人が『これは隆盛とは違う』と呟いたため『顔が似ていない』と誤解されたが、真相は『隆盛は人前に出るときには相手がどんなに身分が低い相手でもきちんと正装していた。浴衣姿で人前に出ることはなかった』というのが真意でした。

②  隆盛は、礼節を重んじた人でした。戦に負けた賊軍の庄内藩の藩主に会う時に、罪人扱いではなく相手の身分に相応しい正装と大小の帯刀を許し武士の面目をたもさせた。また、差し出した武器類についても差し止め庄内藩に保管させた。感激した庄内藩主は、維新後、藩士30人を鹿児島の隆盛の元に派遣して学ばせた。その記録が隆盛の言葉や教えを書いた今に残る『南州遺訓』です。
 
【平松健男氏のスピーチ】「本日の栞の箇所は、『第15条:信ずれば成り、憂えれば崩れる』です。
 
 私たちは、それぞれが崇高な目標を設定し、その目標に向け、人生を歩んでいることと思います。信ずれば成りとは、『自力本願』という意味です。この考え方で突き進み、初心貫徹できれば本当に素晴らしいことです。為せば成るというプラス志向は素晴らしいですが、安易に困難な目標を立てないことも重要です。つまり、途中で放り出さないためには、自分の力を総動員して結果を出すことが条件です。そのため、誰にも負けない課題解決力、その筋の専門家にも負けない力量を目指す不断の努力がない限り、実現できません。

更には、上手く行かないときの撤退の仕方を間違えると、破滅します。会社に10億円の損害を与えたら、20億円を取り戻すぐらいの迫力のある決断がなければ、『為せば成る=単なる大言壮語』となるでしょう。

いよいよ(一社)倫理研究所 法人アドバイザー 大熊 富夫 氏の講話です。

大熊 富夫 氏のプロフィール
「1943年3月生まれ(埼玉県久喜市出身)中学卒業後、日本橋に住込み就職、夜学に通う
1974年に独立。家族3人。現在は、(株)アイ・ビー・ビー 会長」


【大熊 氏 の講話】・・・テーマ:深願
「小学校低学年時、体が弱く、休みがちでした。4年で初めて運動会に参加。父からは『勉強はするな、働け』と言われました。父母の兄弟などは成績も良く、学校の先生が多かったこともあり、何故勉強するなと言われるのかが分からず、泣けました。
同級生が大学に行く頃、明治学院の2部に入りました。そのことを父に報告すると、親子の縁を切ると言われました。しかし、後になって父は大熊氏が家を出てから不眠症になるほど心配していたことを知り、父の愛情の深さを思い知らされました。父は億万長者になると言っていましたが、今でもそれが私の頭に残っています。

家庭内が上手く行っていると、会社も上手く行くことはとても多いということを沢山経験してきました。兎に角、妻との関係を改善することに心掛けて欲しいと思います。
父母が亡くなり、親戚一同が集まったときなどの思い出話などから、両親の深い愛を感じることがありました。」
大熊氏の話の一つ一つが私たちの胸に迫り、親子関係、夫婦関係の重要さを改めて思い直すことのできた素晴らしいセミナーでした。

 「オリーブの木」では、皆さんで大熊氏を囲み、美味しい朝食を頂きながら、楽しく笑いの絶えない話が続きました。

家族関係の改善こそ、倫理の本筋であるとのご意見に、皆さん同感でした。鎌倫の会員の中にも、倫理指導を受け、家族関係の改善に本腰で取り組み、成功に導けた事例が数多くあり、その輪を更に広げていきたいと願っています。
帰路(オリーブの木→ホテル)は鎌倫特有の人力車に乗ってお帰りです。(平松健男 記)

2014年12月2日火曜日


2014年12月02日火曜日

本日のMSのテーマと講師は以下の通りです。

「優秀な子供の育て方」        川崎市南倫理法人会 専任幹事
ハッピーライフ研究所 所長 大久保 正剛 氏

12月に入り、益々朝夕が暗くなってきました。寒気ではなく、いよいよ本格的な寒波がやってくるとのことです。寒気とは1日程度の短期のみ寒く、直ぐに温かくなる現象で、寒波とは寒い日が少なくとも3日程度は続く現象であるとのこと、気象庁も工夫しながら様々な言葉を創り出し、使い分けています。今年は暖冬と気象庁は予想しているようですが、今まで、気象庁の長期予報は殆ど当たらなかったことは皆さんご存知のことと思います。スパコンと呼ばれる超高速電子計算機は万能で、どんなに複雑な物理現象でも厳密に計算し、複雑な気象予測も可能だと勘違いしているとすれば、不幸なことだと思います。

 
【会長挨拶】本日は石渡会長が岐阜で講演されているので、松谷専任幹事が代理で挨拶されました。

「鎌倫では、輪読日本一を目指していますが、今日の輪読は、ハーモニーも良く、大変良かったと思います。私事ですが、最近、家では、食後の食器洗いをしているのですが、慣れてくると、少々いい加減で乱雑になってしまいます。ルーチンワークであっても、心を込めて洗っていると、妻から『いいね。ありがとう』と言われ、とても嬉しかったことです。何事も心を込めて仕事をすることが大事だと思いますね。」

 【3分間スピーチ】続いて、根岸会員の3分間スピーチです。「若かりし頃、車を運転していると、他の車に割り込まれたりして、いらいらすることなどが多く、よく事故を起こしていました。
 
 
車に乗ると、心は早くも目的地に着いた状態になり、道中を飛ばしてしまっているので、一旦停止を怠ったり、他車に進路を譲ったりすることができなかったりしたのでしょう。車関係の会社に入ったのに、よく事故を起こしていました。最近では、車に乗っても、目的地に向かってまっしぐらではなく、心に余裕を持って運転することができるようになりました。

いよいよ川崎市南倫理法人会専任幹事の大久保 氏の講話です。

大久保 正剛 氏のプロフィール

「1954年生まれ。慶応義塾大学を卒業後、日本火災海上保険に入社、2006年に同社を退社し、2009年にハッピーライフ研究所を設立。」

 
【大久保 正剛 氏 の講話】
「小学校から高校まで、勉強が嫌いで、いわゆる不良仲間と悪事?をし、親に迷惑をかけました。不祥事の度に、母親と一緒に学校に呼び出されましたが、母は、『うちの子は大丈夫』と私を応援してくれたことを思い出します。母は、私を見捨てることなく、心の底から信頼してくれていたのです。高校時代、卒業寸前まで成績はびりに近い状態でしたが、入試前に中学程度まで遡って必死に勉強し、大学入試に受かりました。先生には馬鹿にされていましたが、母の信頼が私を支えてくれたのだと思います。受かったことを先生に報告しましたが、最初は信じてもらえませんでした。子供を育てるときには、先ず子供を信じて褒めること、その上でどのような分野に芽が出てくるのかを見極めることが重要です。私には3人の子供がいます。長男は米国で将来エネルギの研究をし、ノーベル財団からも興味を持って貰っています。次男は日本の農林・農耕関係の革新によって戦争を回避できると信じで新たな挑戦をしています。長女は、企業への辛辣なクレーム対応の窓口となり、クレーム解決の先鋒となって頑張っています。それぞれの分野で頑張っていますが、いずれも自分の得意分野で精一杯やっていることに誇りを持っています。

子どもには幼少の頃から文字や文章を読ませました。特に偉人伝が好きだったようです。その苦労話や、人に喜んで貰うことの嬉しさ、努力が最終的には報われる話を読んで、幼少の頃からおぼろげながら自分の生き方を定めたように思います。三つ子の魂とはよく言ったものです。子供は親が願った通りに育つわけではないけれど、親が育てた通りに育つと思うのです。

また、優秀な子を育てるには、夫婦仲の良いことが必須です。仲が悪いと、その子供は、悪いと言われた方の子供でもあるので、自分を責める人間になっていきます。夫婦仲、子供との仲を改善しようと思えば、こちらの方から相手に謝れる謙虚さを持てるかどうかが分かれ目です。その分かれ目を乗り越えられれば、家族関係はもとより、会社などの人間関係も改善することでしょう。

 
「オリーブの木」では、大久保氏を囲み、安くて美味しい朝食を頂きました。

 
 
 
家族関係の改善こそ、倫理の本筋であるとのご意見に、皆さん同感でした。鎌倫の会員の中にも、倫理指導を受け、家族関係の改善に本腰で取り組み、成功に導けた事例が数多くあり、その輪が広がり、やがて新入会員の増加に繋がることを祈ります。        (平松健男 記)


2014年11月25日火曜日

ハーフタイムスピーチ【松本美和子会員】【皆川美保子副会長】


本日はハーフタイムスピーチとして、当会の松本美和子会員と皆川美保子副会長を講師に迎えました。


今にも雨が降り出しそうな寒空ですが、由比ヶ浜公会堂には明るい雰囲気でいっぱいです。
本日の講師、松本美和子会員は家庭倫理の会員でもあるため、家庭倫理の会員の方々もお見えになりました。また、川内美喜男神奈川県倫理法人会会長のほか、新宿区倫理法人会や茅ヶ崎市倫理法人会など、他会からも多くのご出席をいただきました。


【石渡好行会長 挨拶】

倫理では夫婦や親を大事にするようにと教えられます。以前に比べて、私は妻を大事にするようになり、誕生日には花束を贈るようにしています。すると不思議とうまくいくようになるんです。この話をある人にしたところ、その方は両親とうまくいっていないということで、両親に対して花束を贈るようにしたそうです。すると家族の関係が非常に良くなり始めた。ほんとうに実践してみると、ちゃんと良い結果が出てくるんですね。
本日の講話は、鎌倉倫理法人会を育ててくれた二人にお願いしました。皆川さんは鎌倫の母と呼ばれています。鎌倉にこれだけたくさんの女性会員がいてトラブルが一つも無いのは、皆川さんが束ねてくれているからです。また、松本さんは会員数が減ってもはやつぶれるかという時から、ずっと鎌倉に席を起き続けてくれました。この二人のご恩に答えるためにも、倫理によって救われる人をどんどん増やしていきたいと思います。


続いて小堺絹代会員によるスピーチです。



【小堺絹代会員 スピーチ】

私は免疫異常という病気を持っています。栞には「病気は生活の赤信号」とありますが、私の場合、何が良くないのか倫理指導を受けた際に質問してみました。すると指導してくださった先生が、「自分の中に自分を責める命を持っている」とおっしゃったのです。これは大変納得しました。確かに私は気づくと自分のことを責めていたのです。
私は来年56歳になります。祖母が56歳で他界したため、もしかしたら私も、などとふと思うことがあったのですが、そのように気にしてしまうとそちらのほうにいってしまうと思い、意識して考えないようにしました。
倫理指導を受けると、気になっていることなどがスッキリします。これからも指導されたことを実践します。



◆ハーフタイムスピーチ① 松本美和子会員

【松本美和子会員 講話の内容】

私はピアノ教師をしてきたのですが、非常に晩婚で、40歳で2度離婚経験のある主人と出会い結婚しました。
主人には連れ子が3人いて、私は結婚と同時に妻であり母にもなったのです。
私は母の躾け方もあって、どちらかというと消極的な性格です。ところが主人も子どもも積極的な性格で、私からしてみると振り回されてしまい、合わせるのが大変でした。
また、主人の生い立ちについてもそれほど深く訊いたことが無かったのですが、実は祖父が福島県下一の納税者であることがわかりました。主人は父親を早くに亡くしているので、この祖父にかわいがられて育ちました。ところが、苦労して積み上げてきた財産も、後継者がいないということで、すべて手放さざるを得ないという結果になりました。
そのほか、いろいろなことを知るにつけ、主人はなんと大変な人生を歩んできたのだろうかと思うに至りました。そして、どんな理不尽なことを言われても合わせていこうと決心したのです。
すると、驚いたことに、決心した瞬間、理不尽なことを一切言わなくなったのです。
本当に不思議ですが、これも倫理を学び、指導を受けたおかげです。
13条に「本を忘れず、末を乱さず」とあります。私は、母や夫のありがたさに気づくのが遅かったと思っています。主人は七年前に他界しましたが、今でも「家を守っていってくれ」という主人の言葉通りにやっていくことができているのは、主人のおかげだと思っています。






◆ハーフタイムスピーチ② 皆川美保子副会長


【皆川美保子副会長 講話の内容】


今日は、私が出会った、ある人の話をしたいと思います。
栞の十七箇条を読むほどに、その人のことが理解できる、よくわかってくる、という感覚を抱く今日この頃です。
私の娘は3歳から水泳や体操教室に通っていました。娘のレッスン中はママ友達と施設内の喫茶店でしゃべって待っていたのですが、その人は、喫茶店のママさんでした。
頭はちりちりのパーマで、くわえたばこで大笑いするような、典型的な「おばちゃん」といった風体の人です。私たち母親が子どものことで愚痴をこぼしていると、にやにや笑って「いいねえ、そんな頃がいちばんいいんだよねえ」などと言うのでした。
おばちゃんにはご主人と息子さんがいるのですが、どちらも非常に出来た人なんです。なんでこんなに立派な人がご主人であり、息子なのか不思議だったのですが、あるとき、その理由がわかりました。
娘の教室が最後の日、喫茶店に行くと、おばちゃんがふと「アタシ、女の子を育てたことがあるんだよねえ」と言うのです。

それは、ご主人の弟の娘、おばちゃんにとっての姪でした。
弟は仕事が続かずトラブル続きで、弟の妻になった女性もかなり問題があるような人でした。弟夫婦には娘が一人いたものの、まともに育てられていない状況です。見かねたおばちゃんは、引き取って育てました。
お弁当も手作り、着せる洋服もすべて手作り。とにかく、女の子のために何が出来るかを考え、それを実行してきたのです。
女の子は無事に育って高校を卒業、就職もして、結婚することになりました。
結婚の報告は、いの一番におばちゃんにして、その際「おばちゃんが私の本当のお母さんだった」と、女の子は言ったそうです。
おばちゃんのしたことは、まさに無償の奉仕であり、無償の愛でした。その姿を見ていたから、あんなにいいご主人、あんなに出来た息子さんだったのだと合点がいったのです。
誰かに何かをする際、「してあげる」という感覚では、してあげている「のに」という不満が生じます。
そうではなくて、「私に何か出来ることはないかな」というスタンスが大切なのだと思います。



◆プラスα 川内美喜男会長ご挨拶


講話の時間が5分余りましたので、川内会長にも一言ご挨拶をいただきました。

「話すことによって勉強になるといいますが、倫理は聴くのも勉強です。講話者の話を熱心に聴く、これはとてもエネルギーを必要とします。鎌倉は、聴く雰囲気づくりを非常に熱心に、上手につくっていると感じます。こういう雰囲気の中だと、講話者も話しやすくなります。この温かい雰囲気を、これからも大切にしていってください」







朝食会場へ向かおうと外に出ると、いちだんと冷え込んでいました。「オリーブの木」では、早くも数人の女性会員が朝食の配膳にとりかかっています。





【本日のメニュー】

とうふの具だくさんトッピング/クロワッサン/カスピ海ヨーグルト/コーヒー


いつもおなかにやさしい朝ご飯。おとうふの上にこんもりと盛られているのは野菜とニシンの酢漬け。ソースがほどよいアクセントと彩りを添えます。温かなコーヒーをおかわりしながらいただきました。




(石川真理子 記)




2014年11月18日火曜日


2014年11月18日火曜日

本日のMSのテーマと講師は以下の通りです。

「子は親の心を実演する名優である」      
朝霞市倫理法人会会長, (株)ボン取締役部長 橋本 優子 氏

1日の最高気温と最低気温の差を日較差と言います。これが10℃を超えると、体調に影響すると言われます。日本では、梅雨時には、水蒸気(同じ湿度でも、気温が高いほど大気中の水蒸気量は大)の温室効果と、雲の太陽光遮蔽効果とにより、日較差が小さく、冬になるにしたがって、日較差が大きくなります。晩秋には、北極付近の寒気と、南洋の暖気とが日本付近で混ざり合うので、気温変化が激しくなります。従って、晩秋から冬にかけては、体調を崩し易くなるので注意が必要です。早朝5時半に由比ヶ浜公会堂に到着する頃まで、空は真っ暗で、寒さが身に沁みます。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【石渡会長挨拶】「鎌倫では、上からの指示ではなく、各自が率先してMS等の準備をしてくれていることを感謝します。
 
また、今年度は輪読の質向上のため、努力を続けています。最近では、句読点でのテンポなども工夫し、美しいハーモニーを醸すことができるようになってきました。本日は当会と友好関係を結んでいる朝霞市倫理法人会会長をお迎えしました。」
その後、新たに会員になられた新井明子さんを歓迎して、記念品が贈呈されました。


 続いて長谷真子研修委員長の3分間スピーチです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「私には、21歳と26歳の二人の息子がいます。長男は警察学校を1か月でリタイアし、現在はビル設備管理の会社で楽しそうに仕事しています。
次男は不祥事を起し、その時に反省文を書いたのが功を奏して、就職試験では作文力を評価され合格。偶然、その社長さんは倫理法人会の会員でした。お陰様で、今では与えられた仕事をきっちりやる大人に育っています。今思うと、子供の悪い時は私の心も荒れ、子供との会話も無かったように思います。
 

 いよいよ鎌倫と友好単会の関係を結んだ朝霞市倫理法人会会長の橋本 氏の講話です。
【橋本 優子 氏 の講話】


「1971年3人兄弟の長女として生まれました。先天性肛門閉鎖症のため、1歳まで人工肛門で過ごし、1歳のとき手術し、完治しました。父母は理容室を経営。小さい頃からピアノ、水泳、学習塾、書道などをやらされ、両親の期待に応えなければいけないとの思いが強かったと思います。しかし、中学の頃になって、自分のしたいことと、親の期待とがぶつかり合い、親を疎むことになりました。ピアノを続けたい、ブラスバンド部に入りたいとの願いがことごとく拒絶され、高校には入学したものの、中退し、家出の費用を捻出するため、水商売にも手を染めるようになりました。19歳で結婚し、二男・二女を儲ける一方、夫は日本料理屋を開業したのですが、うまくいかず離婚。私の方は、11年前に父の経営する理容院を手伝い、父の仕事のやり方を一から学びました。愛情の欠如のためか、末の男の子が非行に走り、何度か警察のお世話にもなりました。次男の更生のために倫理法人会に入り、ひたすら栞を読みました。愛情がすれ違っていたことが分かり、甘やかすのではなく、会話を増やすよう努力しました。その結果、次男も、心を開いたようでした。倫理法人会に入ることにより、自分の道が開けるのではないかと思いました。私の誕生日は8月3日です。その日は母親に恩返しする日になりました。父は、仕事への取組みを通じて尊敬できる人、偉大な人であることを悟りました。子供たちが、母親(私)のように頑張ろうと思って欲しいと思います。倫理法人会に入り、多くの方々と知り合えました。このご縁を大切にしたいと思います。感謝!」
 

「オリーブの木」では、橋本氏を囲んで美味しい朝食でした。橋本氏の周りは、大輪の花が咲いているようでした。いつものように、一人1分程度で感想を述べあい散会です。   (平松健男 記)

2014年11月11日火曜日

マニュアルを超える!

本日の講師は、(一社)倫理研究所 法人レクチャラー 大竹美保子氏です。







【大竹美保子さんのプロフィール】

(一社)倫理研究所 法人レクチャラー
    愛知県女性委員会委員長
(有)クリエイト・ハーモニー代表取締役



あいにくの曇り空、冬を予感さえるような寒い朝となりました。
昨夜の倫理経営講演会に加え、大竹美保子さんの講話を聞きたいと、たくさんの人達が由比ヶ浜公会堂に集まりました。
まずは石渡会長の挨拶です。



【石渡好行会長 挨拶】

「鎌倉の輪読がどんどん良くなってきています。誰かと一緒に読もうとすることによって、寄り添う気持ちが生まれます。全員が輪読を合わせることができた時、みんなの心がひとつになるのだと思います。『ありがとう』と言うことをはじめて今では800万回以上になりましたが、頑固だった心が素直になってきているのを実感します。すると、このごろは怖いくらいいいことしか起きないのです。素直になって良いことは実践すること、それがどれほど大きな喜びをもたらすのかよくわかりました。みなさんも、倫理は実践ですから、人から聞いたいいことは、どんどん行動に移しましょう」

9月から鎌倉では、お誕生月の会員に花束をプレゼントすることにいたしました。
今月は高田桃子会員のお誕生日です。


続いて根岸猛会員によるスピーチです。



【根岸猛会員 スピーチ】

 高校時代から目立たない存在で、大勢集まっているような時でも、少し離れたところで自分にできることを細々やっているというタイプでした。そんな自分を克服するために、最近は相対する人を自分の家族や友人など大切な人であるというように受け止めるようにしました。すると、好きな人がどんどん増えるのです。その『人間として好きです』という気持ちも、言葉にして伝えるようになりました。このようなことを実践できるようになったのも、会長の「人を育てる」という思いゆえだと思います。あらためて、意識して行うことの重要さを実感しています。



さて、大竹美保子さんのお話です。



「マニュアルとは何でしょうか。社会には、さまざまなマニュアルが存在しますが、私は、まず自分自身をマニュアルだととらえています。人は誰でも思い込みやこだわりを気づかないうちに持っています。そのようにマニュアル化してしまった自分をどう超えていくか。昨日より今日、今日より明日というように、良くなっていく、自分を超えていくことが、私の日々の目標なんです」


大らかな雰囲気で話し始めた大竹さん。昨日に続いて、たちまち人々の心を掴んでしまいました。 以下、大竹美保子さんの講話内容です。


子どものころから、祖父にかわいがられて育ちました。父親が養子であるということもあり、両親はさまざまな苦労をしましたし、父が病気になってしまい、周囲の人から私には父がいないと思われていたほどですが、それでも私自身は恵まれた子ども時代を過ごしましたし、何をするにもあまり考えず、なんとなく自分の都合のいいように、うまくやってしまうようなところがありました。
そんな私が初めてがんばることを知ったのは、専門学校に通っていたときです。子どもの頃からピアノを習っていたので、なんとなく先生になろうかと思いついて専門学校に通っていたのですが、その時初めて自分がどれほどピアノが好きかがわかったのです。
母に「先生になりたい」と話したところ、「だったら学校を辞めて、先生について必死でやりなさい」といわれました。母は、私がたいした考えもなく専門学校を選んだことを見抜いていたのです。
私は母の言うとおり学校を辞めて先生につき、必死でがんばりました。
晴れてピアノの先生になれたのですが、多くの人が音大を出ている中、私は専門学校中退という肩書きです。生徒のお母さんから、「どこの音大を出たのですか」と問われたのをきっかけに、私は音大を出ていようがいまいが「大竹先生に習いたい」と言ってもらえるほどの人間ならなければならないのだなということに気づきました。

その後、結婚をしたものの離婚。
実家で暮らしている時に、ある男性と知り合いました。政治家の秘書というわりには、見た目も性格的にも頼りない感じで、なんとかしてあげなくちゃ、という感じでした。
その人と半月ほど一緒に暮らしたのですが、あるとき、巨額のクレジットカードの請求書が届いたのです。
調べてもらったところ、その男性は結婚詐欺で、しかも前科もありました。

バツイチで、しかも大借金を抱えてしまった私は、どうしようもなくなって母に打ち明けました。
すると、親というのはありがたいもので、母は田畑を売るなどしてお金を作って助けてくれたのです。私も意を決して水商売を2年7ヶ月やりました。事情を話すと、「水商売に染まるなよ」と、お客様が守ってくださったような状況でした。

でも、この結婚詐欺に遭ったことによって、私は自分を本気で変えていこうという覚悟ができたのです。「目標を設定して、それに向かって本気でやれば、100%達成できる」と書いてある本と出会い、それから私の挑戦が始まりました。

目標を持つことでわかったことは、目標というのはいうなればアンテナだと言うことです。
目標という名のアンテナがたっているから、必要な情報や物事がどんどん入ってくるようになります。
そして気づいたのは、チャンスの神様は「たまたま」のなかにいる、とうことでした。ノーベル賞を受賞した人など、成功者と呼ばれる方々は、まちがいなく「たまたま」という言葉を口にします。
たまたまだと思うと、多くの人が流してしまいますが、実は、「たまたま」だからこそ大切にしなければならないのです。

たまたまという偶然が折り重なって、必然になる。自分に起きることのすべてが必然だと思います。
でも、どんな必然を望むのかということが問題です。
思いは必ず現実になります。だから、マイナスのイメージは全力で払拭すること、マイナスの言葉は絶対に言わないことです。
こうしたことの積み重ねで、思いを現実にする、そして、自分というマニュアルを乗り越えていきたいと思います。







朝食会場へ向かおうと外に出ると、いちだんと冷え込んでいました。「オリーブの木」では、早くも数人の女性会員が朝食の配膳にとりかかっています。

【本日のメニュー】

とうふの具だくさんトッピング・トマトソース/クロワッサン/カスピ海ヨーグルト/コーヒー


いつもおなかにやさしい朝ご飯。おとうふの上にこんもりと盛られているのは野菜とキクラゲ、ボイルドチキンです。トマトソースがほどよいアクセントと彩りを添えます。温かなコーヒーをおかわりしながらいただきました。


鎌倫恒例、人力車でのお見送り。
この後、大竹美保子さんと有志で、鎌倉散策へ出かけました。



                                                (石川真理子 記)



 

 


2014年11月4日火曜日


2014年11月4日火曜日

本日のMSのテーマと講師は以下の通りです。

「陶芸あれこれ」             其中窯 陶芸家 河村 喜史 氏

寒冷前線と大陸からの季節風とによって、気温が目まぐるしく変化しています。おまけに超大型台風が近づいています。台風が日本海を横切れば、海底の冷たい海水が浮上し、日本海の表面は一挙に数℃低下し、その影響で季節風の温度も低下、結果的に日本列島が寒冷化します。由比ヶ浜公会堂への道は、益々薄暗くなりましたが、公会堂の中は寒さに負けない、温かい雰囲気が漂います。
6時からの役員朝礼に続き、6時半からMS開始です。
【石渡会長挨拶】「研修委員からの提案もあり、会員のモチベーション・実力アップを目的として、3分間スピーチ、ハーフタイムスピーチ、フルタイムスピーチ、他会でのスピーチなどを充実させたいと思います。」
 
「その際、スピーチ内容には、倫理活動や経験が具体的に入っていることが望ましいですね。私自身は、10月の目標(水泳千m/日)を既に実行し、目標を達成しました。今月は、それに加えて『風邪を引かないよう、うがいや手洗い』を決心しています。」

次は、中山会員の3分間スピーチです。
 
  

「今日の栞朗読箇所は、十条(働きは最上の喜び)です。75ページに、『人の喜びをわが喜びとする』いう一節があります。私は不動産業に就いて27年になります。商談中に色々と紆余曲折があっても、結果的に商談がまとまり、お客さんが笑顔になると、とても幸せな気持ちになります。ただ、27年間も同じような仕事をしていると、時に傲慢になり、お客さまを蔑んだりすることもあります。そのようなときに、最近は『その傲慢な天狗の鼻を折らないといけない。』と反省しています。」

 いよいよ河村 氏の講話です。

【河村 喜史(きふみ) 氏 の講話】

プロフィール:曽祖父の時代以前からの陶芸家。喜史 氏は愛知県生まれで、京都で育つ。京都粟田口で制作した粟田焼を御所に納入。祖父・河村喜太郎(1899~1966)が「陶芸家」という言葉を作る(それまでは、陶工と呼ぶ)。
 
祖父は、複数の陶工が分業して製品を作る京都の風習に馴染めず、京都を離れ豊田市猿投(さなげ)に陶房を開設、矢作川の近くに登り窯を新設。焼き物の素材(粘土)は、今でもその土地から得ている。父・又次郎(1930~2006)は、清水五条坂に陶房を開設して独立。一方、鎌倉の魯山人陶房跡を祖父喜太郎が再興。この陶房を「其中窯(きちゅうよう)」と命名。父の死去に伴い、2006年に喜史氏が其中窯を引き継ぎ、猿投から鎌倉に転居、現在に至る。日大芸術学部で、主として彫刻を学ぶ。各地の高島屋、その他で個展を開く。

「父は、焼き物の製造方法など、何も教えてはくれませんでした。そのことは、私の陶芸家としての成長を阻害してきたと考えていましたが、今になると、そのことで、苦しみを乗り越える力を私自身が養うことができ、独自の芸風を確立する力が与えられたのではないかと思い、感謝しています。粘土素材はものを言いませんが、焼き方を工夫していけば、こちらの意図が伝わって、素晴らしい芸術作品が実現することも分かりました。また、芸術作品は、それを使用する目的、使っていただける方のことを思い浮かべながら作成すれば、結果的に美しい作品が生まれことも分かりました。例えば、作成したお皿に、焼き魚が盛られてる姿を思い浮かべながら、その使われている姿を美しくするお皿の形状や配色などを考えることが重要だと思っています。つまり、新人には、作り方を直接教えるのではなく、色々と自分でトライしながら、自ら工夫することの方が大切であることを教えていきたいと思います。」と結ばれました。

無味乾燥な粘土であっても、愛をこめて人が息を吹きかければ、機能美が盛り込まれた芸術品に生まれ変わることができることを教えられました。会社などの新人教育でも、会社が営々として築き上げてきたノウハウ集(基準書や標準マニュアル)を教えるより、難しい課題を与えて自ら解決する手法を編み出す訓練をした方が、創造力が養われ、優秀な人財が育つと言われています。
 
講師を引き受けて下さった河村 氏は、MS直後に用事が入り、残念ながら朝食をご一緒することはできませんでした。



「オリーブの木」では、本日のセミナーの余韻を楽しみながら、河村氏に感謝しながらの朝食でした。参加者が一人1分程度で感想を述べあいました。独創的な発想で、個性を伸ばし、独自の境地を切り開いて来られた河村 氏の真髄を垣間見ることができたような気がしました。(平松健男 記)